• 16/03/2023
  • Homesmartjp
  • 1210 Views

いつでもどこでも血管内治療トレーニングが可能に -医師がX線被爆しない血管内治療シミュレータを開発-

 理化学研究所(理研)光量子工学研究センター画像情報処理研究チームの深作和明客員研究員(新座志木中央総合病院脳神経外科医師)、横田秀夫チームリーダー(琉球大学医学部先端医学研究センター特命教授)、琉球大学病院心臓血管低侵襲治療センターの岩淵成志特命教授、大屋祐輔教授らの共同研究グループは、医師がX線被爆することなく、カテーテル[1]などを用いた血管内治療[2]の手術トレーニングを行えるシステムを開発しました。 本研究成果は、冠動脈疾患[3]や脳梗塞[4]、脳動脈瘤[5]などに対する血管内治療に携わる専門医の技能や治療成績の向上に貢献すると期待できます。 血管内治療の手術トレーニングは、実際の手術と同様にX線透視下で行うため、医師のX線被曝が避けられないという問題[6]がありました。 今回、共同研究グループは、蛍光観察技術[7]と画像処理技術を組み合わせることで、血管内治療に用いられるカテーテル、ガイドワイヤー[1]、ステント[8]などを、X線による透視下での画像で再現した「非被爆血管内治療シミュレータ」を開発しました。このシステムはX線透視装置が不要なため、トレーニングする医師は全く被爆しません。また、X線透視と同様に、シミュレータの投影方向の情報を削減しているため、従来のトレーニングシステムに比べて、実際の状況を再現したトレーニングを提供できます。さらに、システムはテーブル上に設置できるサイズであり、かつ従来法よりもはるかに安価なことから、いつでもどこでも医師がトレーニングすることが可能になります。 本研究は、『第51回日本神経放射線学会』(2月19日開催)にて発表されました。

血管モデルの可視光による画像(左)と非被爆血管内治療シミュレータによるX線模擬画像

※共同研究グループ理化学研究所 光量子工学研究センター 画像情報処理研究チーム客員研究員 深作 和明 (ふかさく かずあき)(新座志木中央総合病院 脳神経外科 医師)チームリーダー 横田 秀夫 (よこた ひでお)(琉球大学 医学部先端医学研究センター 特命教授)株式会社デジタルデザインサービス メディカルソリューション部マネージャー 中濱 彰生 (なかはま あきお)琉球大学病院 心臓血管低侵襲治療センター 特命教授 岩淵 成志 (いわぶち まさし)教授・病院長 大屋 祐輔 (おおや ゆうすけ)

研究支援本研究は、令和2年度沖縄県新産業事業化促進事業「高リアルなカテーテル治療シーンを再現する「SmartCS」の構築(受託者:株式会社デジタルデザインサービス)」、2019年度JST新技術説明会の支援を受けて行われました。

1.背景 患部に到達するために皮膚や周辺組織を切開する従来の外科的治療は、オープンサージャリーや観血的手術とも呼ばれ、痛みを伴う、術後の回復に時間を要するなどの課題があります。これらを解決するために、患者にとって負担の少ない「血管内治療」や内視鏡下手術などの低侵襲手術が開発されてきました。 血管内治療では、カテーテルやステントを用いて、心筋梗塞や脳梗塞などにおける血管の狭窄を広げたり、血管を閉塞させている血栓を除去したり、破裂する恐れのある脳動脈瘤の中にコイルを詰めて塞栓したりします(図1)。その際、X線透視像をコンピュータ処理するデジタルサブトラクション血管造影(DSA)[9]装置を用います。血管にカテーテルを挿入して患部にその先端を到達させますが、X線透視だけでは血管は見えないため、造影剤[10]を血管に流して撮影し、血管の形状を把握します。そしてカテーテルの内腔に先端を適度に曲げたガイドワイヤーを挿入し、ガイドワイヤーの手元をひねって方向を制御しつつカテーテルを進行させて、患部に誘導します(図1)。

 図1 さまざまな血管内治療の模式図

A:術部へのカテーテルの誘導。鼠径部や手首の動脈からカテーテルを血管内に挿入し、血管内腔を通って目的部位までその先端を進め、治療行為を行う。

B:脳動脈瘤に対する血管内治療(コイル塞栓術)。動脈瘤にコイルを留置し、瘤(こぶ)の破裂を防ぐ。

C:頚動脈狭窄に対する血管内治療(バルーン血管形成術+ステント留置)。頸動脈の狭窄部(血管が狭くなっている部位)をバルーンで拡張し、その後にステント(網目状の金属の筒)を留置し、狭窄を修復する。

D:脳血管閉塞に対する血管内治療(血栓回収)。脳血管を閉塞している血栓を回収し、血流を回復する。

E:心臓冠動脈梗塞に対する血管内治療。心臓に酸素などを血液で供給している冠動脈の狭窄に対して、バルーンカテーテルにより狭窄を修復し、ステントを留置する。

 カテーテル手術では、何らかのトラブルがあった際に新たなカテーテルを送り込む必要があるなど、オープンサージャリーに比べて対応が遅れがちになります。そのため、事前に手術の技能を十分に習熟できるよう、各種の血管モデルが開発され、トレーニングに用いられていますが、従来のトレーニング法では実際の治療と同様にX線透視が必要なことから、医師の被曝が避けられません。さらに、トレーニングの場が実際の治療に使われるカテーテル室に限定されるため、多くの医師が同時にトレーニングできない、さまざまな術式のトレーニングに必要な時間を確保できない、緊急の検査や治療が発生した場合に差し障るなどの問題もあります。 白色光源とビデオカメラを用いたトレーニングシステムも開発されていますが、血管の分岐部やガイドワイヤーの上下の位置関係を陰影などの情報から判断できてしまうことから、実際の治療に用いる奥行きのないX線透視の影絵における操作に比べると操作が容易であり、トレーニングとしては不十分です。 そこで、共同研究グループは実際の血管内治療と同等の映像を提示し、かつX線を用いないトレーニングシステムの開発を目指しました。

2.研究手法と成果 共同研究グループは血管の形状を再現し、X線を用いない透かし撮りを可能にするため、透明な血管モデルを用意しました。また、造影剤による血管経路の再現と血管内に挿入するカテーテルなどの器具を表現するために、生命科学研究などでよく用いられる「蛍光観察技術」を利用しました。蛍光観察では、特定の波長の光を吸収して別の波長の光を発する「蛍光色素[7]」を使用します。 本研究では、可視光域の蛍光色素と光源、高感度カメラと波長選択フィルターからなる撮影システムを採用しました。血管モデルには、可視光域で透明な樹脂を選定し、液体に浸した状態で撮影することで光の屈折の影響を低減させました。 また、造影剤には液体の蛍光色素を用い、ガイドワイヤー、カテーテル、バルーン、ステントにも同じ波長の蛍光色素を塗布することで、血管内と器具の特定の部位だけを蛍光発光させるようにしました。その結果、対象物の距離に由来する陰影が少なくなり、X線透視による奥行き方向の情報がない映像と同様の効果を得ることができました。さらに、撮影画像に対して、輝度の反転、造影剤流入時の画像の記録と重畳表示[11]、画像の差分表示[11]などをリアルタイムで処理できる画像処理機能を持たせました。これらの機能の組み合わせにより、血管内治療で用いられる、血管の走行を示すルート表示やロードマップなどのDSAの機能を実現したX線透視撮影に近い「非被爆血管内治療シミュレータ」の開発に成功しました。 開発したシステムで血管模擬モデルの撮影の結果を図2に示します。まず、血流モデルに造影剤を流し入れることにより、血管の走行を撮影したところ(図2A)、血管モデルに設置した分岐や動脈瘤が認められました。図2Bは造影剤が流れた後、ガイドワイヤーとカテーテルを挿入した状態を示しています。ここからガイドワイヤーとカテーテルに設置した蛍光色素の配置を区別して観察できます。実際のガイドワイヤーとカテーテルの先端には、鉛などでX線の通りにくい箇所を作り、X線で区別できるよう透過特性を変えており、同様の表示ができています。図2Cは、造影剤とガイドワイヤー、カテーテルを重畳表示した画像です。血管の走行と合わせて、ガイドワイヤーの方向と挿入を操作することにより、任意の分岐を進むことができます。 最後に、開発したシステムと一般のカメラでの撮影の比較を行いました。図2Dでは、血管モデルの走行とガイドワイヤーとカテーテルが一緒に写っており、血管モデルの形状や上下の位置を陰で判断できるなど、X線透視下での血管内治療と大きな違いがあり、トレーニングの成果が期待できません。

図2 開発した非被爆血管内治療シミュレータを用いた血管モデルの撮影画像

いつでもどこでも血管内治療トレーニングが可能に -医師がX線被爆しない血管内治療シミュレータを開発-

A:造影剤の血管走行の画像。血管モデルに設置した血管の分岐や動脈瘤(丸く見える部分)が写っている。

B:ガイドワイヤーとカテーテルの画像。黒く見える部分がガイドワイヤーとカテーテルであり、黄色の円で囲んだ部分はカテーテルの先端を示す。

C:血管とカテーテルの表示画像。

D:白色光源の下で、一般カメラで撮影した画像。

 本システムには、画像処理部にはグラフィカルユーザーインターフェース[12]が実装されているため、一般的なパソコンでもDSAを摸したカテーテル治療のトレーニングができます。現在、本システムは縦横60センチメートルの場所に設置できる大きさですが、さらなる小型化も可能であり、また従来法に比べてはるかに安価であるなどの長所があります。

3.今後の期待今回開発したシステムでは、X線を使用せずにX線透視に近いリアルタイムのイメージを得ることができます。医師が職業的なX線被曝を繰り返すことにより、白内障をはじめとする健康被害が懸念されており、カテーテル治療に関わる学会では、白内障の検診を始めているところもあります。本システムを用いることで、医師のX線被爆を患者の治療の際に限定することが可能になります。また、今後市販化を目指した開発をさらに進め、医師のトレーニング機会を提供することにより、新しいデバイスの評価や多数の医師の技能向上も図れます。 さらに、理研画像情報処理研究チームで開発した患者個体別血管モデリングシステム[13]と連携させることで、患者個体別の血管形状を反映した3Dモデル、統計的に多発する病態モデルでのシミュレーションに展開することを目指しています。新たなデバイスを用いて、どこでも、被曝の心配なく、必要な時に好きなだけ治療の練習ができるようになり、治療の安全性の向上につながるものと期待できます。

4.論文情報 <発表タイトル>非被曝血管内治療シミュレータの開発<発表者名>深作和明、横田秀夫、中濱彰生、岩淵成志、大屋祐輔<学会名称>『第51回日本神経放射線学会』

5.補足説明 [1] カテーテル、ガイドワイヤー 「カテーテル」はストローのような中空の柔軟な管(直径0.5~20mm)で、その内腔を通して、治療器具を出し入れしたり、薬液を注入したりする。血管を広げたり、血流を遮断したりするために風船(バルーン)を取り付けたカテーテルもある。血管は屈曲しているため、カテーテルだけでは血管の分岐を選択したり、カテーテルを進ませたりすることは困難である。そのため、カテーテルの中に「ガイドワイヤー」を通す。 血管の分岐部を選択しながら進行するには、先端を曲げたガイドワイヤーを用いて、曲がりたい方向に向きを変え、押し進める必要がある。四肢の導入部から患部まで、無数の血管があることから、多数の分岐を乗り越えて進行する必要がある。そのため、分岐を進めた後に、ガイドワイヤーは動かさず、カテーテルのみを進行させる。この工程を血管の分岐の数だけ繰り返して患部に到達させる。さらに、ガイドワイヤーだけでなく、カテーテルの曲がりを用いて分岐を選択する。そのために、ガイドワイヤーとカテーテルは曲率が異なる物を進行に応じて入れ替えて患部まで侵入する。また、血管の形状や狭窄に合わせて、カテーテル、ガイドワイヤーの大きさが異なる物を随時入れ替えるため、1回の治療で多数のカテーテル、ガイドワイヤーを用いる。[2] 血管内治療カテーテルを用いて、血管内腔という元々存在する空間から患部に到達して行う治療法。生来の空間を利用する治療のため、身体への負担は軽いが、カテーテルが体内を通っていくためX線による透視が不可欠である。画像技術、カテーテル類の技術の向上で、全身のさまざまなところで血管内治療が行われるようになってきた。 心臓の領域では、病的な血管狭窄の位置、長さ、程度だけでなく、血管の分岐や石灰化の程度など、さまざまな要因に応じた治療戦略を立て、バルーンやステントを選択している。脳神経領域では、病的な血管腔をコイルで閉塞したり、狭窄をバルーンとステントで拡張したり、体の他部位から流れてきた血栓を取り除いたりしている。大動脈領域では、大動脈の拡大に対して膜の張ったステントを用いて新たな内腔を作製している。肝臓領域では、がんに栄養を送っている血管を閉塞している。[3] 冠動脈疾患 心臓に栄養を供給する冠動脈という血管が狭窄したり閉塞したりすることで、心臓に障害が起こる病気の総称。狭心症や心筋梗塞が含まれる。病的な血管狭窄の位置、長さ、程度だけでなく、血管の分岐や石灰化の程度など、さまざまな要因を含めて治療戦略を立て、バルーンやステントを選択して治療する。[4] 脳梗塞 脳の組織に血流が届かなくなることで、組織が壊死してしまう状態。脳に栄養を送る血管の狭窄や閉塞、他部位で発生した血栓が流れてきて脳血管が閉塞されて起こる。梗塞した部分により、半身麻痺、感覚の障害、意識障害などが生じ、梗塞が完成すると、改善されないケースがまれではない。そのため、狭窄を解除したり、血栓を取り出したりする治療が行われる。[5] 脳動脈瘤 脳の動脈が膨らんで弱くなっているこぶを指す。破裂するまでは無症状であるが、破裂すると、くも膜下出血となる。再破裂すると死亡率が上がるため、再破裂予防の治療が必須である。[6] 医師のX線被曝が避けられないという問題 血管内治療の際、医師は身体には防護のための鉛のエプロンを着けている。眼球の水晶体(白内障で濁る部位)は特に被爆に弱いため、専用の眼鏡やゴーグルなどを着けるが、これらの防護をしていても被爆の影響は避けられない。[7] 蛍光観察技術、蛍光色素 特定波長の光を吸収し、別の波長の光を出す色素を蛍光色素という。蛍光観察技術は、色素が吸収する波長と蛍光を発する波長の違いを利用して、波長選択制のある光学フィルターを用いることで、背景を暗くし、蛍光色素の部位だけを高感度に観察する。工業製品の傷の探傷、生物の特定の部位や機能を観察するために用いられる。[8] ステント 網目状の金属の筒で、カテーテルに収納しておく。そのカテーテルを患部に到達させてカテーテルから出すと、金属の弾性で拡がり、内腔を支え、頚動脈、冠動脈などの狭窄の治療に用いる。あるいは、金属の隙間を埋めるように膜を張っておき、新たな血管壁として、大動脈解離の治療をしたりする。[9] デジタルサブトラクション血管造影(DSA) 元来はフイルムで血管を撮影していた頃、血管病変の観察に不要な骨を消すために、造影剤のないX線写真のグレースケールを反転させ、造影剤と骨の写った写真と重ねて焼き直し、血管だけの画像を得る手法をサブトラクション法と呼ぶ。デジタルサブトラクション血管造影は、この手法をフイルムではなくコンピュータに取り込まれた画像に対して行うもの。現在は、さらにその血管だけの画像に透視で得られたX線不透過のカテーテルや治療器具を重ねて表示し、病変部へのカテーテル操作を安全確実なものにするなどの機能(ロードマップ)も追加され、血管内治療に不可欠なものとなっている。DSAはDigital Subtraction Angiographyの略。[10] 造影剤血管のコントラストを得るために血管内腔に流す、X線を通しにくい薬品。ほとんどの場合ヨウ素が用いられる。[11] 重畳表示、差分表示重畳表示は、別に撮影した画像を動画に重ねて撮影すること。差分表示は、画像を引き算して表示すること。本研究では、造影剤が流れた状態でも血管の位置を確認するために、差分表示をした。[12] グラフィカルユーザーインターフェースコンピュータの画面にマウスやポインターを表示し、コマンドラインで指示せずとも直感的に操作できる操作系。[13] 患者個体別血管モデリングシステムX線CTと造影剤による患者の血管撮影画像から、患者ごとに異なる血管の分岐を3次元モデル化する画像処理ソフトウエア。