• 24/04/2022
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Blu-ray 85本を2,500円化。SPEに“狙い”を聞く

 2006年11月の登場以来、日本における洋画Blu-rayの価格は4,900円前後が主流であり、低価格キャンペーンで1,980円や1,480円など、低価格化が進むDVDとの価格差が拡大した状況になっている。

 「好きな作品はBDのクオリティで欲しい」というのがAVファンの心情だが、「値段は気にしない」というBDヘビーユーザーが存在する一方で、「欲しくても高くて手が出ない」と感じていた人も多いだろう。

 そんな状況が今、急速に変わりつつある。先陣を切ったのはソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(SPE)で、既報の通り、4月16日にBDの価格を従来の約半額となる2,500円に、一気に低価格化。第1弾として『ターミネーター4』や『ダ・ヴィンチ・コード』など85作品をリリースし、今後も2,500円ラインナップを拡充していくという。

 ワーナーも含め洋画メジャー2社が、同時期に思い切った低価格化を行なう事で、今後のBDソフトの普及や、ユーザーがセルソフトを購入する際に“DVDを選ぶか、BDを選ぶか”という選択肢にも大きな変化が生まれそうだ。そこで、2,500円化の先陣を切ったSPEのホームエンタテインメント セールス・マーケティング本部 マーケティング部の笠井高志統括ディレクターに、今回の大胆な低価格化の狙いを聞いた(以下敬称略)。


■ BDシェア率 No.1のSPEが業界を牽引

編集部:まず、BD 2,500円キャンペーンの話を伺う前に、セルソフト市場の現状や、SPEのBD/DVDビジネスの現状について教えてください。

SPE ホームエンタテインメント セールス・マーケティング本部 マーケティング部の笠井高志統括ディレクター
笠井:厳しい経済環境の中で、ソフト業界全体も右肩下がりです。DVD市場ですが、GfK(ジーエフケー マーケティングサービス ジャパン)の調べによると、2007年に3,025億円あった売り上げが、2009年には約20%減という状況です。VHSからDVDに切り替わった時は非常に伸びたのですが、そこをピークに減少が続いています。

 このような経済環境ですから、ソフト業界に限らず、消費者は商品の価格に対してシビアになっていると考えられます。その中で、やはり“ソフトを買う”という事のプライオリティがどんどん下がってきています。

 また、コンテンツを楽しむスタイルが変わりつつあるのも原因の1つでしょう。リビングで映像を楽しむという、これまでの決まったスタイルだけでなく、PCや携帯電話など、色々なデバイスでエンターテイメントが楽しめる状況になっている事も、DVD市場に影響していると考えています。

編集部:そんな中で、BDの売り上げはいかがですか?

笠井:GfKの調べによると、一昨年との比較で、昨年のBD市場は2.8倍の市場規模になりました。DVDが伸び悩む中で、BDは我々ソフト業界の救世主と言って良い存在です。

 SPEでは昨年に『ターミネーター4』、今年に『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』や『2012』などを発売していますが、いずれも好調で、昨年4月から今年の3月までの1年間で、洋画メジャー6社の中でBDのトップシェアを獲らせていただきました(SPE調べ)。BDに関しては、我々が市場を牽引していると自負しています。ただ、ハードの普及に比べると、ソフトの伸びはまだまだ満足いく状態ではない。特にカタログ作品(旧作)に関しては伸び悩んでいるというのが正直なところです。

編集部:この時期にBDの2,500円化を開始した狙いはどこにあるのでしょう?

笠井:今回の2,500円化は、カタログ作品が対象になっています。先ほど申し上げました通り、我々は以前からカタログ作品のBDをもっと伸ばしたいと考えていました。そのためには、まず、DVDで既に作品を所有している人が、BDに買い換えていただくためにはどうしたらいいか? を考えました。

 現在の市場では、DVDのカタログ作品は1,980円や1,480円など、低価格になっています。その中で、「画質/音質が良いBD版が出た」といわれても、例えば4,980円という価格では、BDへの買い換えを躊躇する人も多いでしょう。また、初めてその作品を買おうという人も、1,980円や1,480円のDVDの隣に、BDが4,980円で置かれていたら「DVDでいい」と考えてしまう可能性があります。

 先ほどお話したように、DVDの売り上げが下がり、BDの売り上げが伸びる中で、我々は“下がっているものを上げるよりも、伸びているものをさらに伸ばす戦略をとりたい”と考えました。同時に、BDに力を入れているソニーグループの一員として、BDを盛り上げていくのが使命と考えています。

編集部:2,500円という価格は、どのように決められたのですか?

笠井:まずベースとしたのが、今の市場環境の中で消費者がBDソフトに対し、どれくらいの価格帯を適正価格と感じているのかという消費者リサーチの結果です。先程も申し上げました通り、ここ数年の厳しい経済環境の中で消費者の購買パターン、価格受容性は確実に変化している。メーカーとしてはそれらに応える努力をすべきだと考えております。

 その中で、「BDとDVDの価格差が幾らならばBDを買うか?」という質問をしたところ、「1,000円差であればBDを選ぶ」が45%、「500円差であれば選ぶ」というのが80%という結果が出ました。

 しかし、“ただ単に安くすれば良い”というものではないと考えています。後ほどお話したいと思いますが、セルソフトとしての満足度を高めるプレミアム感を出していく事や、画質や音質の良さなど、BDの特徴を訴求しつつ、同時に、ユーザーの意見を取り入れ、一番手に取ってもらいやすい価格を考えた結果です。

編集部:2,500円にすることで、どのようなターゲット層の拡大を見込んでいますか?

笠井:これも消費者リサーチの結果なのですが、PlayStation 3やBDレコーダなど、BDソフト再生環境を既に持っている人の約半分が、「BDソフトを買った事が無い、見たことが無い」という結果が出ています。「高価だからBDソフトに手が出ない」、「体験した事が無いから(BDソフトが)良いものなのかどうかわからない」という人が多い。これはまずい状態です。こういった問題を解決していくのが、我々ソフトメーカーの役割だと思っています。

Blu-ray 85本を2,500円化。SPEに“狙い”を聞く

 そこでまず、再生環境がある人達に“実際にBDの良さを味わってもらうこと”を第一に考えました。BDを気軽に楽しみたいという、お客様のニーズを解消していくのも、メーカーの使命だと考えています。


■ 戦略的な価格設定の前哨となった『2012』

2012 ブルーレイ&DVDセット(C)2009 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
 ご存知の通り、SPEは2,500円キャンペーンの前にも、価格破壊的なインパクトのあるBDを3月19日に発売している。地球規模の天変地異を描いたローランド・エメリッヒ監督のSFパニック大作『2012』だ。

 この作品にはBlu-rayとDVD版が用意されているが、BD版は本編DVDもセットにして3,990円と、従来の洋画BD単品の相場より1,000円程度安い。さらにDVD版は特典ディスク付のエクストラ版が2,980円、本編DVDのみのスタンダード版は、新作にも関わらず、なんと1,980円という旧作DVDキャンペーン価格並みのプライスが付けられ、消費者だけでなく、業界にも大きなインパクトを与えている。

 また、BD+DVDセット版には初回特典として、月刊ムー特別編集のブックレット『2012年の真実』や、2012年の後の世界を描いた世界地図ポストカードが封入されるなど、特典も豊富なタイトルになっている。笠井氏によれば、この『2012』という作品は、今回の2,500円化や、今後のSPEのBD戦略にとって、非常に重要な意味を持っているという。

2012枚限定で純金を使ったゴールドディスク(DVD版)が入っているというサプライズ企画も。製造費はなんと、通常のDVDの約10倍だという(C)2009 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
笠井:『2012』も緻密な消費者リサーチの結果、価格を決めました。1,980円のDVDスタンダード版は、話題作を低価格で楽しみたいという人向けに用意したもので、普段あまりDVDを購入されない層にも訴求するため、通常の販売ルート以外も積極的に開拓しています。

 DVDエクストラ版(2,980円)は、特典が充実し、Oリング(アウターケース)も付属するなど、「DVDで十分だけれど、パッケージソフトは豪華なほうが良い」という人向けです。

 そしてBDは、先ほどお話したように、“BD再生環境はあるけれど、BDソフトは体験した事がない”または、“将来的にBDハードを購入するつもりで、DVD、BDソフトどちらを買おうか迷っている”という人のためのものです。DVDを付属することで、車内やノートPCなど、様々な場所でも作品が楽しめますし、BDソフトをあまり買わない人が、自分の家でBDとDVDの画質比較をする事で、“BDの良さ”を体験できることが大きいと考えています。

編集部:つまり、『2012』の低価格なBD+DVDセットでBDソフトへの興味を喚起し、その後に購入しやすい2,500円のカタログ作品BDが沢山登場する……という、連続した展開になっているわけですね。

笠井:仰る通りです。

 また『2012』では価格戦略と同時に、商品戦略でも色々趣向を凝らしました。例えば月刊ムーと協力したブックレットや、映画の後の世界を描いた世界地図などの特典ですね。さらに、購入された人を驚かせる企画として、BD+DVDのDVDに、純金を使ったものを、作品にちなんで限定2012枚紛れ込ませてあります(笑)。映画そのものもインパクトのある作品でしたので、だからこそ新しい試みをしようと考えました。

 いくら値段を下げても、商品のインパクトが少なければ、売り場で手にも取ってもらえません。我々はよく、お客さんにモノを購入してもらう時に重要な事として、“Moment of Truth/モーメント・オブ・トゥルース(決定的瞬間)”という言葉を使うのですが、まず売り場で「何だろう?」と、手にとってもらう事が重要なのです。いかに注目される商品を出すか、お客様の興味を喚起するか、ということが重要なのです。こんな時代だからこそ、満足してもらえる商品を、お求めやすい価格で……というのが基本ですね。

編集部:実際のところ、『2012』の反響はいかがですか?

笠井:普通の新作BD/DVDの場合、登場から2、3週間は売れて、その後一気に下降するというケースが多いのですが、オリコンなど、各社のチャートで『2012』は第1週で1位からの実売の落ちが少なく、特に1,980円のDVDスタンダード版はその傾向が顕著に現れています。

 これは、発売されてすぐに購入される、従来のBDユーザー以外の、“普段BDソフトを買わないライト層”を開拓できている結果だと考えています。


■ DVDと同じような価格競争は起きるのか

編集部:しかし、4,980円で販売していたBDを、一気に2,500円に下げると、価格的には単純に売り上げが約半分になってしまいます。数量の面で、値下げによりどのくらいの販売数増加を見込んでいますか?

笠井:1年くらいのスパンで見た場合、従来の5倍くらいには販売枚数を引き上げられると考えています。実は今回の低価格化の前に、テストマーケティングとして一部で2,500円販売を実施しておりまして、そこでもこれぐらいの実績が出ていました。

 BDとDVDの現在の比率としては、作品によっても異なりますが、だいたいBDが20%~30%という割合になっています。今回の低価格化でBDを40%~50%に高めていきたいですね。

編集部:DVD時代には、期間限定の低価格化キャンペーンで2,500円などに値下げされ、その後も各社のキャンペーン合戦で低価格化競争が激化し、結果としてDVDの価格が非常に低くなったという経緯があります。今回のBD 2,500円化でも、同じような事が起きるのでしょうか?

対象タイトルには2,500円のキャンペーンロゴシールが貼られる
笠井:DVDの時とは基本的に市場環境、エンタテインメントを取り巻く環境も違うので比較するのは正直難しいと思います。とにかく今はBD市場活性化のため、消費者視点で見た適正価格を追求していく、そしてBDの素晴らしさを広めていく、ここに尽きます。

 そして、短期間に値段が変わるような状況にしたくないので、そのために期間限定のキャンペーンではなく、通年での2,500円という形にしました。店頭で消費者にじっくりとBDの素晴らしさを伝えていくためにも一時的なキャンペーンにはしません。

 また、ジャケットやディスクの仕様は既発売の4,980円のものと同じですが、2枚組だった商品は、本編ディスクの1枚組となり、2枚組のバージョンは引き続き4,980円で販売します。新作を買った人が、後から後悔するような形にしたくないと考えています。

編集部:4月16日発売の85タイトルは“第1弾”とされていますが、今後のカタログ作品のBDは、基本的に2,500円になると考えていいのでしょうか?

笠井:作品によって異なる事もあると思いますが、基本的なスタンスとしては2,500円になると考えていただいて良いです。

編集部:2,500円のBDが今後増加していくと、新作BDを発売する際に、従来と同じ4,980円という価格を付けると、割高に見えてしまうという問題があると思うのですが……。

笠井:新作の価格に関しては、実は、先ほどの『2012』が1つのモデルケースになっています。シンプルなDVDが1,980円、豪華なDVDが2,980円、BD+DVDが3,990円という価格です。

 ただ、『2012』の価格を、今後の新作でも採用するかは、『2012』の売り上げの推移を、もうすこし時間をかけて見守ってから判断したいと考えています。ですので、今のところは、“今後の新作を販売する形の1つの可能性”と考えていただければと思います。

 また、新作全てをこうした形(3つのバージョン)で発売するわけでは、もちろんありません。よりコアなファンに向けた作品や、DVDとBDの画質の差がはっきりわかる作品、そうでない作品など、その作品に合わせたバリエーションや価格を設定する事が、今後はより重要になると思います。


■ 低価格化はセルソフトの提案の幅を広げる、1つの施策

笠井:ソフト業界だけでなく、どの業界も同じだと思うのですが、「景気悪いよね」、「そうだよね」と言っているだけで、何もやらなければ、何も変わらないと思います。ソフトメーカーとして、お客様の求めるものを提供する、売り上げを上げる……、そのためには細かいリサーチをして、お客様のニーズに忠実にアプローチしていく事が重要です。

 また、最近では、セルソフトを買わなくても、例えばPCや携帯電話、アクトビラなどのテレビ向け配信、PS3のPSN配信など、様々な場所で、様々な形で映像コンテンツが楽しめるようになっています。様々なサービスをお客様が選ぶ時代ですので、我々も、BDやDVDだけに留まらず、携帯向け配信や、テレビ向けストリーミングなど、様々なサービスと連携する必要がありますし、実際に検討しております。

 そんな状況の中で、BD/DVDセルソフトにとって重要なのは、プライシングだけでなく、DVDとBDのセットや、作品の内容に合わせて、プレミアム感を高める様々な特典などを用意し、“手元に置いておきたい”と思っていただけるものを作り、お客様に提案していく事だと考えています。今回の2,500円化は、そんな提案の“幅を広げる”施策の1つとも言えます。


右がT-600リアルヘッドフィギュア。限定3,000セットのBlu-ray BOX用に作られたもの

 純金を使ったDVDが隠れている『2012』だけでなく、SPEではこれまでも、ターミネーター『T-600』の頭部を再現したフィギュアに入れて『ターミネーター4』のBDを発売したり、『アイアンマン』や『スターシップ・トゥルーパーズ3』などでも凝ったフィギュアを特典として付属するなど、作品のファンの心理を刺激するパッケージソフトを得意としており、“セルソフトの満足感”を重視しているメーカーと言えるだろう。

 そんな同社が展開する今回のBD 2,500円化には“単なる値下げ”や“低価格競争の幕開け”ではなく、もっと広い意味で“BDの高画質高音質の魅力を多くの人に広める”、そして、手軽な映像配信ビジネスが盛り上がる中で、“セルソフトそのものの魅力を高め、BDを選んでもらいやすくする”という、大きな狙いがあるといえそうだ。