「切り替えろ」の一言で平常心に戻れる? 元女子バレー代表選手も戸惑った曖昧な指示
だから僕らは迷う。
「え? どうやって切り替えたらいいんだろう?」
答えを探そうとするけど、昔ながらという言葉でまとめるのは乱暴かもしれないが、この「切り替えろ!」を頻繁に言ってくるタイプの指導者や先生、親は、こちらから「ではどうしたらいいですか?」と尋ねると、「甘えるな!」とか「そんなのは自分で考えろ!」と切り捨てられちゃうことが多くないだろうか。そこだけ「急に?」みたいな感じで。
バレーボール元日本女子代表の益子直美さんと話をした際、自身の経験を踏まえてこんなことを言っていた。
「現役当時は『はい!』って言ってましたけど、切り替えられるわけないですよね(苦笑)。『どうやって切り替えればいいの!』って思っていました。だから、上手くいかないことをずっと引きずっていて。切り替え方って教えてもらいました?」
そうなのだ。僕らはみんな、それが分からずに困っているのだ。でも、それが分からないといつまで経っても自分たちのパフォーマンスは上がってこない。分からないなか“こんな感じかな?”というなんとなくの感覚で、手探り状態でやらざるをえない。
人間は誰だってみんな弱いところを持っている。普段はできているプレーでも、自分のコンディションや試合会場の雰囲気、審判や相手チームとの相性などいろんなものが絡まり合って、平常運転できないことだって出てくる。
ちょっとブレたり、上手くいかないところから、戻ってくるにはどうしたらいいのかを考える、試してみる、習得する機会を小さい頃から持てたほうがいいと思うのだ。
例えばだが、交流のあるサッカーのSCフライブルクU12監督ヨアヒム・エブレが言っていた。
「子供たちが頭の中でワーッってなる時があったら、『黙れ!』とか『我慢しろ!』だけじゃなくて、『ワーって言っていいから、その代わりその先は言わないようにしよう』というアプローチをしてあげたりもします。言葉を出すことで気持ちはだいぶ落ち着きます。だから『もー』でも『なんだよー』でも一言だけは叫べって。ただ、『チームメイトや相手チーム、審判への文句や暴言は絶対に口にするな』というのをまず徹底させます」
益子直美さんが東京五輪の男女バレーに感じた差
メンタルは大事。心構えは必要不可欠。でもどれだけメンタルコントロールができても、やるべきことが明確になっていないと力を発揮することはできないではないか。その点で益子さんが、今回の東京オリンピック(五輪)における女子バレーを例に挙げてくれた話がとても印象的だった。
「女子はエースの怪我とかもありましたけど、結果として予選敗退となりました。試合はネット配信でも結構見ていたんです。無観客だったので、ベンチの声がすごく聞こえたんですよね。
単純比較するのは難しいのですが、男子は“世界で戦うためにはこうしなきゃいけない”というのを具体的に戦術として出して、飛躍的に進歩して、予選リーグを突破してと、やれることをやり切ったと思うんですね。男子バレーはオリンピックに出られない時期も長かったんですけど、本当に進化したんですよ。今回は誰が見ても『男子凄かった!』って言えると思うんです。
そんな男子はタイムアウトの時の指示の8割から9割が技術的な指示が伴われていて、『次のプレーではこうしよう』とか、『ここどうなっていた?』とコーチが聞いたり。ただ女子は、8割が『ここで切り替えよう』とか『ここ辛抱だ』という声で。メンタルも大事なんですけど、それって正直、昔から変わってないんです。困っている時、例えばレシーブが乱れた時って、大体レフトのエースにトスが集まるんですけど、そこで負けるというのが昔からの流れなんじゃないかと思うんです。男子はそこを脱却して、良いバレーを研究してやっていたなと思うので、今回は差として感じましたね」
全体的な構図を作り上げるためには過去の栄光にしがみつかず、現状に満足せず、どんな取り組みが必要かという分析を丁寧にしていくことが大切だと、改めて感じさせられた。
(中野 吉之伴 / Kichinosuke Nakano)
中野 吉之伴1977年生まれ。ドイツサッカー協会公認A級ライセンスを保持する現役育成指導者。ドイツでの指導歴は20年以上。SCフライブルクU-15チームで研鑽を積み、現在は元ブンデスリーガクラブであるフライブルガーFCのU12監督と地元町クラブのSVホッホドルフU19監督を兼任する。執筆では現場での経験を生かした論理的分析が得意で、特に育成・グラスルーツサッカーのスペシャリスト。著書に『サッカー年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)、『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)がある。WEBマガジン「フッスバルラボ」主筆・運営。