• 03/08/2022
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機械は質実で、しかも優美でなければならない――カミロ・オリベッティは言った

いまコンピューターのデザインを論じることもこれの延長線上にある

 オリベッティといえば、イタリアのタイプライターで有名な会社。実は、1960年代から1990年代にかけて大型コンピューターからPCまでコンピューターを作っていた会社でもあった。その創業者カミロ・オリベッティは、1911年、同社の最初のタイプライターが完成したとき「機械は質実で、しかも優美でなければならない」と言ったそうだ。

 まだ工業デザインというものが、ほとんど語られなかった時代。プロダクトデザインにおいては教科書的に避けては通れないほどの有名な言葉だ。コンピューター業界で、最初にデザインを重視した会社といえばIBMだが、きっかけはワトソン・ジュニアが交通渋滞のために車を降りて立ち寄った五番街のオリベッティのショウルームに衝撃を受けたからだとされる。

 オリベッティは、1930年代後半には、建築家のマルチェロ・ニッゾーリをデザインコンサルタントに迎えていたのだ。ワトソン・ジュニアは、1956年に、それにならってニューヨーク近代美術館のデザインキュレーターだったエリオット・ノイズを迎え入れ、「よいデザインはよいビジネス」(good design is good business)という言葉で知られるコーポーレートデザインを完成させる。

 オリベッティのコンピューターとして、米マウンテンビューのコンピューター歴史博物館にも展示されているのが、1965年に発売されたProgramma101だ。最初期の商用デスクトッププログラム電卓で、いわばパソコンの先祖というわけなのだが、世界的な建築家でデザイナーのマリオ・ベリーニによるデザインだった。ちなみに、私も使い込んで使ったDOSマシンの「Quaderno」も、マリオ・ベリーニによるものだ。

コンピューター歴史博物館に展示されているオリベッティのProgramma101。

 私が歴史的なデジタル機器をブロックで作っていくブロックdeガジェットで、1983年にオリベッティが発売したポータブルコンピューター「Olivetti M10」を作った。

 同年に日本で発売された「NEC PC-8201」、米国ではタンディから発売された「TRS-80 model 100」の兄弟にあたる京セラのOEMによる製品。クラムシェル型ノートPCが一般的になる前の「ブリーフケース」型などとも言われた時代のコンピューターの代名詞的存在のマシンだ。

Olivetti M10

 本体スペックは、CPUに80C85(2.4MHz)、ROMが32KbytesにRAMが16Kbytes(いずれも増設可能)、画面解像度は240x64ドット(アルファベットで40桁x8行表示できる)。ほぼA4判ピッタリのフットプリント(ほんの少しはみだしているが)、本体重量は1.8 kg。ソフトウェアは、N82-BASICのほか、テキスト、スケジューラ、ターミナルソフト、アドレス帳が使えた(PC-8201とは少し異なる)。これが、単三電池4本で動作できた。

機械は質実で、しかも優美でなければならない――カミロ・オリベッティは言った

 とくにTRS-80 model 100は、ジャーナリストや世界中を飛び回って仕事するような人たちに重宝された。私も、友人がPC-8201を持ってきてハードウェアのデバッグをしているのを羨ましく見ていた記憶があるから、もちろんエンジニアご用達でもあった。M10も、発売初年度はよく売れてヨーロッパのポータブルコンピューターの22%のシェアを占めたという記録もあるようだ。

 しかし、このマシンで際立っているのば、直線的なフォルム、ビジネス向けのマシンではその後でもめずらしいグリーンの本体カラー、そして、液晶部分を覆った透明プラスチックのデザイン。しかも、そうしたオシャレさだけでなく、液晶部分がチルトして見やすくなっていることや両サイドになにもなくツルンとしているのに、本体下に指を回すとスイッチが使えるといった意匠も優れていた。

本体背面のカバー類をあけたところ。

本体両側にはコネクタやスイッチ類がなく唯一右側に液晶の濃度調整ダイヤルがある。

特徴的な液晶部分をまるごと包んだ透明プラスチック。

こんなマシンをいまこそメーカーは作ってくれないものか(厚さと重量は3分の1がよいが)。

 1980年代前半のコンピューターといえば、どんなデザインが主流だったかはその時代を知る人ならよくご存じのことだろう。PC-8201は、いかにも当時の日本の勢いを感じさせる実用性重視のデザインだし、TRS-80 model 100のバタくささも私は嫌いではない。しかし、それらとOlivetti M10は比べるものではないように思える。製品とデザインについての考え方がまるで違うからだ。

 Olivetti M10は、ペリー A.キングとアントニオ・マッキ・カッシアの2人によってデザインされたそうだ。ペリー A.キングは、プロダクトデザインにおいて歴史的な製品の1つである「Olivetti valentine」(赤いバケツ)で、エットーレ・ソットサスとともにクレジットされている人物だ(valentineはこのシリーズでブロックで作る予定だが)。アントニオ・マッキ・カッシアも同社のタイプライタや有名な丸っこいランプで知られるデザイナーである。

紙テープ鑽孔機と接続してテスト中のM10。

 ちなみに、私が、ずっと憧れていたこのマシンを入手したのは25年ほど前のことなのだが、しばらくは電源をいれて少しいじって愛でるくらいしかできなかった。ところが、2年ほど前に紙テープパンチにはまったときに超美品であると同時に稼働状態のM10が、紙テープ鑽孔機のテストで活躍した(RS-232Cがついていますからね)。

 私がいちばん美しいと思うコンピューターOlivetti M10だが、そろそろ、クラムシェル型ノートPCに飽きてきた自分に気づいたりする。液晶をいちいち開けたり閉じたりせずに、SNSやちょっとした連絡くらいこんなマシンでキーボードを軽やかに使いたくなる。もちろん、本体はいまならはるかに薄く軽くできるだろう。そんな気分でブロックで作った、以下の動画をご覧あれ。

■ 「ブロックdeガジェット by 遠藤諭」:https://youtu.be/5mDyNJPFmuI ■再生リスト:https://www.youtube.com/playlist?list=PLZRpVgG187CvTxcZbuZvHA1V87Qjl2gyB ■ 「in64blocks」:https://www.instagram.com/in64blocks/

遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。

Twitter:@hortense667