• 17/06/2022
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エドガー・ライトが語る、『ラストナイト・イン・ソーホー』に込めた60年代ロンドンへの“憧憬”

エドガー・ライト監督に、単独インタビューで『ラストナイト・イン・ソーホー』の制作秘話を尋ねる

ジャンル映画ファンにとってこれほど新作が楽しみな監督もそういないだろう。エドガー・ライト。1974年生まれ、現在47歳の彼が最新作『ラストナイト・イン・ソーホー』(12月10日公開)で取り上げるのは、自身、並々ならぬ思い入れを持つと語る1960年代英国カルチャー。現代と1960年代、2つの時代を舞台に、2人の女性の精神と記憶がシンクロするサイコ・スリラーで、これまでコメディが多かったライトとしては異色の、シリアスでダークな作風だ。【写真を見る】トーマシン・マッケンジーとアニャ・テイラー=ジョイが演じる2つの時代の女性が鏡越しに入れ替わる…実現した驚きの撮影方法とは?■「『ティファニーで朝食を』を選んだ理由は、ロマンティックだけどダークな部分もあるからです」劇中に大量のパロディやオマージュを盛り込んで映画マニアを歓喜させてきたライトだが、『ラストナイト・イン・ソーホー』においては引用のための引用を避け、なによりもまずストーリーテリングに重きを置いている。それはオープニングのある描写にも端的に現れている。トーマシン・マッケンジー扮する主人公エロイーズの部屋には、『ティファニーで朝食を』(61)と『スイート・チャリティ』(69)の2枚の映画ポスターが飾られているのだ。「エロイーズは60年代が大好きですからね。ただ、この2本を選んだのには理由があるんです。どちらもロマンティックな名作として知られているけど、その反面、ダークな部分もある。『ティファニーで朝食を』のオードリー・ヘップバーンは囲われた愛人のような役柄、『スイート・チャリティ』のシャーリー・マクレーンはキャバレーの踊り子。過去をロマンティックに美化することがいかに危険か、というのは『ラストナイト・イン・ソーホー』のテーマの一つでもあり、この2作はそれを表すのにピッタリだったんです」。一瞬しか映らない小道具の一つ一つにも意味が込められている。それがエドガー・ライトの映画なのだ。もうひとつ、おもしろいトリビアを。本作には“インフェルノ”という名のバーが登場する。エロイーズが“ハロウィン”の夜に男友達と訪れる、と聞けばホラーファンはニヤリとするに違いない。「“インフェルノ”の文字は、まさにダリオ・アルジェントの『インフェルノ』と同じフォントを使ってるんですよ(笑)。撮影では、外観と屋内で2つの違うバーを使ったんですが、どちらも偶然、炎に関係のある燃えやすそうな名前だったので、“インフェルノ”にしたんです」。■「僕もエロイーズと同じく、1960年代に愛着があります」そんなお遊びもあれば、時代設定のための真面目な引用もある。本作では特に「007」シリーズ関連が多い。エロイーズが初めて60年代にタイムスリップした時、劇場には『007/サンダーボール作戦』(65)の看板が掲げられているし、ダイアナ・リグ、マーガレット・ノーランといった「007」のキャストも出演している。「それは、60年代の雰囲気を喚起するためです。あとボンドと言えば、ヴェスパーというイアン・フレミングが『007 カジノ・ロワイヤル』で生みだしたカクテルがあるので、カクテルを頼むシーンも『007』オマージュと言えますね。マーガレットとダイアナは確かにボンドとつながりがあるけど、意図していない偶然です。本作では、テレンス・スタンプ、リタ・トゥシンハム、ダイアナ・リグら60年代のアイコンと呼べる人たちをキャスティングできました。彼らに出演してもらったのは、この時代の空気感をつくりたかったから。僕もエロイーズと同じく、あの時代に愛着があります。だから、彼らに当時の映画の現場がどうだったか質問できて、最高の気分でした」。そう、ライト監督が語るように、エロイーズは彼の分身でもあるのだ。「エロイーズが60年代にハマっているのは、祖母と一緒に暮らしていて、彼女のレコードコレクションを聴きながら育ったから。僕もそうでした。僕は1974年生まれだけど、親が持ってるレコードは60年代のものが多く、それらが常に家に流れていました。だから、家の中で60年代という時代の存在感が大きかったのかもしれません。それに、60年代というのは20世紀のなかでもっとも多くの人が語る、あるいは議論している時代だとも思います。僕自身、20歳の時にロンドンに引っ越したんですが、特にソーホーの建築は60年代とあまり変わっていないんです。レストランやバーなどが変わっても建築自体は変わらず残っているから、どうしてもあの年代に思いを馳せてしまうというのもあるかもしれません」■「観た人がCGを使っていないんだ!と驚いてくれたらうれしいです」それにしても、夢のなかで2つの時代を行き来する本作の独創的な構成は、どのようにして思い付いたのだろう。「僕はマイケル・パウエルやヒッチコック、マリオ・バーヴァ、ダリオ・アルジェントの初期のジャッロ作品などが大好きなんですが、例えば『殺しのドレス』や『フレンジー』、アルジェントの映画などは、いまの時代つくりにくいタイプのものも多いですよね。でも、それらを女性の視点から描くことで再構築できるのでは、と思いました。さらに本作は、60年代英国のドラマ系の作品、ジョン・シュレシンジャーの『ダーリング』や、エドモンド・T・グレヴィルの『狂っちゃいねえぜ』などにも影響を受けています。これらとタイムトラベル・ストーリーをミックスできないかと考えたんです。60年代は、夢を抱いてロンドンにやって来た女の子がスターになろうとして逆に罰せられる、といったストーリーの映画が多かった。そういった物語の2つのバージョン――現代と60年代で同じ道程を歩むストーリーをひとつの映画でやったらおもしろいんじゃないか、というのが本作の発想の原点なんです」。自身が大好きな映画を巧みにリミックスして唯一無二の作品をつくり上げるエドガー・ライト節は、本作でも健在なのだ。そして、「一体どうやって撮ったの?」とあれこれ詮索したくなるトリッキーな映像演出も、彼の映画を鑑賞する際の楽しみの一つだ。『ラストナイト・イン・ソーホー』では特に、エロイーズが初めてサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)と出会う「Cafe de Paris」での鏡を使ったシーンが印象的だ。エロイーズとサンディが鏡越しに入れ替わったり、ダンス中に2人が入れ替わったりと、撮影はかなり複雑そうだが…。「どんなふうに撮ったか、いまはまだ種明かしはしません(笑)。もしかしたらDVDの映像特典まで秘密にしておくかも…。元々、こういった複雑な鏡のエフェクトを使った映像を撮りたいとずっと思っていたんですよ。鏡を見ると自分とは違う誰かが映っていて、その誰かを通じて色んな物事を経験する、という夢を見ることがよくあって、そこからアイデアが浮かんできました」驚くべきはこのシーン、ほとんどVFXを使っていないのだという。「皆さんが思う以上に、アナログな手法で撮影しています。トーマシンとアニャはあの場で実際に鏡をはさんで立っていましたし、モーションコントロールもグリーンスクリーンも一切使っていません。“実際に撮影した”と言うだけで、どれだけのトリックを駆使したかは察してもらえると思います。準備中も、色んな時代の映画の、鏡を使った素晴らしい撮影を観ながら、『こういうふうに撮ったのかな?』と考えるのは楽しかったです。このシーンを観た人が、CGを使っていないんだ!と驚いてくれたらうれしいですね」常に異なるジャンルを扱いつつ、テーマ、音楽、映像表現などあらゆる面において我々を驚かせてくれるエドガー・ライト。今後は、自身初の音楽ドキュメンタリー『The Sparks Brothers』の公開、そしてディストピアSF『バトルランナー』(87)のリメイクが控える。英国きっての鬼才監督の快進撃はまだまだ続きそうだ。取材・文/西川亮

最終更新:MOVIE WALKER PRESS

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