• 17/11/2022
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“世紀末の荒野”で「北斗の拳」を読む 「VR漫画」が持つ可能性

XRマンガ 北斗の拳の画面。独特の世界観をVRで再現している

“世紀末の荒野”で「北斗の拳」を読む 「VR漫画」が持つ可能性

 Meta(旧Facebook)を筆頭に大手IT企業が次々と参入し、盛り上がるメタバース市場。仮想空間で人と人とがコミュニケーションし、ビジネスを展開する世界が見え始めてきた。そんななか登場したのが仮想空間で電子コミックを読む「VR漫画」だ。VR空間のなかで、まるで本物の本のようにページをめくったり、読む場所を瞬時に変更したりできる。VR漫画は読書体験を変えるのか。その可能性を探った。【関連画像】VRで漫画を読んでいる画面。本のサイズや距離だけでなく、開く角度なども細かく調節できる コロナ禍の巣ごもり需要を背景に、電子出版の市場が拡大している。出版科学研究所によると、2021年(1~12月)の出版市場全体における電子出版の占有率は27.8%と3割に迫る勢いだ。なかでも電子コミックの市場規模は前年比20.3%増の4114億円。すでに電子出版のほぼ9割をコミックが占めている状態だという。 スマホやタブレットで漫画を読むことは読書スタイルの一つとしてすっかり浸透したが、21年秋に電子コミックの新しい楽しみ方として登場したのが、仮想空間で電子コミックを読む「VR漫画」だ。 電子書籍取次のメディアドゥが21年10月にリリースした「コミなびVR」は、同社が運営する電子書店「コミなび」で扱うコンテンツをVR空間で楽しめるアプリ。「Meta Quest(旧Oculus Quest)」や「同2」専用のアプリで、インストールしてVRゴーグルをかぶれば、選んだ漫画本が仮想空間に浮かび上がる。 目の前に登場するコミックを広げると、両ページがわずかにアーチ状になり、実物の本のようにリアルな存在感がある。コミックの位置や向き、サイズなどは自在に調節が可能で、1ページを新聞ほどのサイズに拡大したり、本を回転させて寝転んで読んだりすることもできる。 実際に使ってみてまず驚いたのが、ページめくりだ。コントローラーのスティックを左右に倒すと前後のページを表示できるが、その際、本物の紙のように絵が描かれたページがぱらぱらとめくられる。十数ページを一度にめくる操作をしても、どんな絵が描かれているか分かるほどだ。開発を担当したメディアドゥ IPマーケティング企画室シニアプロダクトデザイナーの木下将孝氏は「前後のページを先にメモリーに読み込ませておくことで、絵を表示しながら高速にページをめくれるように設計した。実際の本と同様の体験を提供するために開発した特許技術の一部」と話す。 VRならではの機能が、背景を自由に変えられることだ。「ビーチリゾート」「森林」や「学校校舎」「宇宙」など十数種類の背景が用意され、それらに合わせた環境音も再生される。没入感が高いVR環境のなかで漫画本を読むというのはなかなかユニークな体験だった。正月やバレンタインデーなどイベントやシーズンに合わせた特別な背景も用意される予定だ。 仮想空間で漫画本を読むという体験ができるコミなびVRだが、実はVR空間で本が読めるビューアーは特に新しくはないという。「個人でスキャンした本のPDFなどをVRで表示するアプリは2015~16年ごろから存在している。ただ、電子書店のプラットフォームと連係して、好きな商業用タイトルを選んで読むことができるVR電子書籍アプリはこれが世界初」(木下氏) コミなびVRはスマホの電子書籍アプリなどに使用されているものと同じ「EPUBデータ」を電子書店から読み込み、VRで表示する仕組み。そのため、コンテンツデータをVR用に変換しなくてもよいだけでなく、ユーザーがすでに購入した漫画本は新たに買い直さなくてもVRで楽しむことができるのも大きな利点だという。 メディアドゥがVR電子書籍ビューアーの開発を表明したのは、「Meta Quest2」(当時の製品名はOculus Quest 2)が発売された直後の20年10月15日。その後、国内の大手企業も積極的に投資を開始したことからVR市場がさらに拡大。21年10月には米FacebookがMetaに社名変更し、VRやメタバース事業に多額の投資を始めるという大事件も起きた。 「Meta Quest 2は全世界でおよそ800万から1000万台出荷されているという話も一部で聞いている。Meta Quest 2向けのVRホラーゲーム『バイオハザード4』も相当な数が売れているようだ」(木下氏)。VRが日本に普及するタイミングを数年前からうかがっていたメディアドゥは、今後の市場の広がりを見据え、21年秋にコミなびVRをリリースした。 アプリの開発表明からリリースまで約1年かかった形だが、VRビューアーのエンジン開発は特に技術的なハードルは高くなかったという。それよりも時間をかけて慎重に進めたのが、電子書店のコミなびでコンテンツを販売している出版社などとの調整だ。 メディアドゥ取締役CBDO(Chief Business Development Officer) IPマーケティング企画室長の溝口敦氏は「ゴーグルをかけてVR空間で漫画を読むという、今までになかったサービスを出版社などのコンテンツホルダーに説明し、理解を得るのに時間がかかった。VRは普及期の兆しがようやく見えてきたといってもまだ一般的ではない。電子書籍が初めて世に登場した黎明(れいめい)期の雰囲気に非常に似ている」と話す。コミなびが持つ約10万点のコンテンツのうち、VR表示に対応したものは現状で約8割。今後もコンテンツホルダーへの説明を続けていくという。

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