• 19/01/2023
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CGへの扉 Vol.31:人工知能が考える「顔」と、人が考える「顔」

人間はどうやって顔を認識しているのか

人が他人の顔を認識する仕組みは特殊で、ほかの物や形とは異なる脳が使われていることがわかっています。その証拠に、顔を認識する際に使われる脳の部位と、顔画像を上下逆さまにした際に働く脳の部位とは異なるそうです(参照:正常な顔認識に必要な脳内ネットワークを解明)。

人は過去に経験のあるもの、身近なものから認識し始める傾向があります。人は目に入るさまざまな要素の中からとくに「顔」の要素を重点的に認識します。小さな子どもの遊び道具にも顔が描かれていたり、子ども向けアプリのボタンに顔が描かれていたりします。幼い子どもが、街でアンパンマンの絵柄や広告、おもちゃなどをすぐに見つけるなど、顔は人にとって認識しやすく、意識しやすいものなのです。

大人にとっても、コンビニの書架に並んでいる雑誌の表紙はどれもタレントの顔がコチラを向いたものになっており、自然と目が引き寄せられてしまう経験はないでしょうか。逆に目が複数あるモンスターやアート作品等であれば、どこに意識を持っていけば良いのか迷うこともあります。

一方、相貌失認と呼ばれる人の顔をまったく認識できないタイプの人も100人に1人程度存在するそうです。これは、よくある人の顔を覚えるのが苦手といった感じではなく、雰囲気や服装、髭や髪型などなければ人を見分けることができないそう。

人工知能活用に限らず、顔にまつわるテクノロジーはさまざまな場面で活用されています。スマートフォンカメラの顔追従、自販機の年齢確認、空港のセキュリティ、オフィスの入退室ゲート、テーマパークの個人認証、人気のコンサートのチケット転売防止のための本人確認等々、他にも枚挙にいとまがありません。

人工知能や専用のアルゴリズムやテクノロジーを活用した顔認識と顔認証は、よく間違えられますが異なる概念です。顔認識では、画像や映像の中から顔を見つけ出し利用します。顔から性別や年齢、感情などを読み取る場合もあります。顔認証は事前に登録した特定個人の特徴を照合するために用います。パスワード認証や指紋認証、手のひらや指での静脈認証等、生体認証の手段のひとつとして使われます。

コンピュータが顔検出する場合、目(瞳)、鼻の先、口角、頬骨の形、眉毛など、顔の中でも特徴的な部分を検出します。人間の認識ではこれら顔の各部位を全体像として認識しており、よっぽど印象的でない限り個別に眉の形がどんなだったのか、鼻の形がどうなのか、細かく覚えているわけではありません。その証拠に、顔を知っている知人であれば、顔の一部が隠れていても認識できることが多いでしょう。

日本人は目の周辺から表情を読み取り、欧米人は顔全体または口元から表情を読み取る人が多いとされており、コロナ禍におけるマスク生活が素直に受け入れられた理由も、表情をどの部分から読み取るかといった要因も影響しています。

顔の認識の不思議さを感じる体験として、2人の顔を合成した顔画像を作ると、誰と誰が混ざっているのか、わからなくなってしまうという事象があります。またシワが増えたり、髪の色や量が変わっても、目や鼻、口などは基本的にはそう大きくは変わりません。数年以来の友人と街でばったり出会ったり、数十年前のクラスメートを見分けられるのもそういった認識の仕組みに由来するのかもしれません。

人の認識の仕組みとしては、普段よく見る顔から導き出された標準の顔というものがあり、そこからの差分で覚えていると言われています。ですからずっと日本に暮らしている人の場合、日本人やアジア人の顔は見分けられても、欧米人やアフリカ人などを見分けるのが不得意なのもそういった理由が背景にあります。

一方、コンピュータが顔認識、または顔認証する場合、人が顔を見分ける方法とは異なり、人間の画家が似顔絵を描く時の状況に似ているそうです。つまり、目(瞳)の間隔、鼻の形や幅、顎の形、口から顎の先までの長さなど、表情によってあまり左右されない場所が判定に使われています。実装としては顔を100要素から1,000要素程度のベクトル表現に変換し、その距離が近ければ同一人物、離れていれば異なる人物として認識します。また精度を高めるために同じ人が写っている違う写真を大量に学習させ、照明や顔の角度が違っていても、同じ人であれば、どの部分が同一で、同じような照明や顔であっても、どういう部分が異なれば他人なのか、見分けるべき要素を抽出し、事前に正しい顔認識のモデルを作ってしまうアプローチも取られています。

FacebookなどのSNSやGoogle Photos、Appleの写真アプリなど、スマートフォンのツールで「これはあなたですか?」みたいな写真から顔が検知されると、なんだか恐ろしくもあり、間違った結果に笑えたりしつつも、便利に活用していることでしょう。現在ヨーロッパでは、顔認証を利用した遠隔監視の禁止が進められており、今後もプライバシーと利便性のバランスが議論されていくことでしょう。

例えばAIを活用した嘘発見器iBorderCtrl利用の是非が話題となっている一方、バイアスのかかった認識をしていないことを示すためにEmoPyという顔画像から感情を読み取るツールキットはソースコードをすべて公開しています。ソースコードが公開されているからといってバイアスがかかっていない証明になるかと言うとそうではありません。けれどもブラックボックス的に中身が分からないものに比べ、誰もが調べることができるよう開示されていることはひとつの安心感につながります。

SNSで一般公開されている写真から顔認識用の情報を収集したClearview AI 社が物議を醸し出していることからも単に法律を守ればなんでもして良いのか?ということではありません。顔写真データが本人の知らないところで想定外の使われ方がされていたり、許諾していないと考える用途で再利用されたり、データが勝手に譲渡されたりすることがないよう、データ利用の透明性や、人々の基本的権利を守り、不当な扱いがなされることのないよう配慮し続ける必要があると考えています。

存在しない顔の活用

CGで作られた顔は、シワやシミ、毛穴や傷跡などをリアルに表現することで、現実の人間に近づこうとしています。逆に実在の人間は、顔のシワやシミ、毛穴や傷跡などを除去しようと必死です。

実在の人物の顔であると利用に制限があったり、倫理的に問題の無い方法で大量のデータを収集することが難しかったりするため、人工知能研究や顔認識、顔認証のテスト用として、実在しない顔画像を利用する流れも起きてきています。Datagen社やSynthesis AI社では、研究用に大量の顔画像を生成し、存在しない人物の顔をパラメータで管理し、欲しい属性の顔素材を集めることができるようになっている。

「CGへの扉 Vol.30:SIGGRAPH2021レポート「ディープフェイクとの戦い」」でも紹介した This person does not existでは実在しない顔画像を次々と見ることができます。たまに違和感のある顔画像が出て来る時がありますが、ほとんどの場合見分けはつきません。人間は顔に関しては少しの違和感でも感じ取ることができ、人工知能が勝手に作った顔画像は瞳が歪んでいることから見分けられると言われますが、その判別レベルを凌駕するほどの性能になってきているのが機械学習の現状です。

Which Face is Real?というサイトでは一方が実在の人物の顔写真、もう一方は人工知能が生み出した実在しない人物の顔写真を表示し、どちらの顔がリアル?というクイズを出してきます。ほとんど見分けがつかないですし、答えが合っていても外れていても、どちらも自身があってそう答えているわけではない単なる「感」に頼るしかないのがほとんどの人ではないでしょうか?

この「存在しない…」にはパロディ版とも言える、さまざまな別バージョンが存在します。

存在しない言葉版:https://www.thisworddoesnotexist.com/

存在しない猫版:https://thiscatdoesnotexist.com

CGへの扉 Vol.31:人工知能が考える「顔」と、人が考える「顔」

存在しない犬版:https://github.com/GuillaumeMougeot/DogFaceNet

存在しない仔馬キャラ版:https://thisponydoesnotexist.net/

存在しない動物キャラ版:https://thisfursonadoesnotexist.com/

存在しないアニメ版:https://thisanimedoesnotexist.ai/存在しないアニメキャラクタ版:https://www.thiswaifudoesnotexist.net/(※世界中のアニメ好きが好きなキャラクタのことを「嫁」wife→waifu ということに由来)

これらの生成にはGAN(敵対的生成ネットワーク)や StyleGAN が使われていますが猫と犬、アニメキャラクターでは少しアプローチが違うのが興味深いところです。猫版はKaggle にある9,000匹以上の猫画像のデータセットCat Datasetの一部を元にしました。犬の場合、品種によって目鼻口のバランスが大きく異なることと、犬写真は大抵口を開けてベロを出しているものが多いことから、人間や猫とはまた違った工夫や苦労があったようです。

少し変わったアプローチとしては、一枚の顔写真から「実在しないそっくりな顔」を生成してくれるARTBREEDERという有料サービスが存在します。肖像画風、CDやレコードのアルバムジャケット風、アニメ風キャラクタや、最新の3Dゲームに出てきそうなキャラクタまで様々な加工が可能です。サービスの名前どおり、ペットのブリーダーになった気分で、見た目を華やかにしたり、雰囲気を変更したり、さまざまな要素を細かく掛け合わせていくことができます。

これからの顔認識の役目と重要性

顔認識、顔認証に関する事業ポリシーは企業によって異なります。テクノロジー大手企業の中でもAmazonとMicrosoftには顔認識データを安易に提供しないことを打ち出し、IBMは顔認識事業から撤退することを表明しています。Appleも顔認識のフレームワークを厳重に取り扱っています。顔認識をSNS用途で活用しているFacebookは、その利用ポリシーを明らかにしており、次のように表明しています。

  1. 他人になりすましたり、他人の情報を不正に利用することはできないこと
  2. 希望により顔認識機能をオフにすることもオンにすることもできること
  3. 顔認識によって他人に身元情報が漏れることはないこと
  4. 18歳以上のみが顔認識の機能が使えること
  5. 顔認識によって個別操作によってタグ付け機能は行われる(手間はかかるが代替手段が提供されていること)

色々とネガティブな面ばかり焦点が当てられがちですが、Facebookの顔認識機能によって視覚障害者も、写真に自分が写っているのかどうかを代替テキストによって知ることができるというテクノロジーの恩恵を受けられる部分もあります。一方、ロシアのSNS VK.com では街中で撮影された写真から、その写真に写っている顔の人物のSNSアカウントを探し出すという機能を設け、物議を醸し出しました。利便性とプライバシーと、世代や文化、個々人によっても考え方が異なるこれらの課題は、今すぐ正解が出るわけではありません。テクノロジーの進化とともに課題として意識していく必要があるのです。

顔は指紋と同じで、よほどでない限り、形や特徴を変更することができません。ですから認証で用いるには十分な配慮と、十分考えられた仕組みが必要なのです。ネットの世界ではIDとパスワードが流出したので、念のため新しいパスワードに付け直すということがありますが、顔認証のコードが盗まれたので、念のため、顔と指紋を付け替える…みたいなことはできないからです。

顔認証や顔認識のテクノロジーから分かるように、人工知能の活用には人間の脳と同じような手順とアプローチが向いているもの、圧倒的なコンピューティングパワーと、機械学習によって、人間の脳とは異なるアプローチでほぼ同じ目的、結果を実現するものと、異なる方法が混在しているのが現状です。すなわち脳の仕組み、構造にはまだまだヒントが隠されているのかもしれないと考えています。

2019年にチューリング賞を受賞した現Googleのジェフリー・ヒントン氏は、ニューラルネットワークの課題を克服し、次に来るテクノロジーを予測しています。”How to represent part-whole hierarchies in a neural network”(抄訳:ニューラルネットワークにおけるパート・ホール階層の表現方法)という論文の中でGLOM という新モデルを提唱しています(※GLOMは何かの頭文字の略ではなく agglomerate[塊]と口語のglom together[ひっつかんで一緒に並べる]に由来しているそう)。

GLOMはまだ実装が存在せず、論文の中での議論でしかありませんが、人工知能による様々なアプローチも日々進化し続けており、現在の常識が過去のものになり、新しい考え方や新しい使い方が広がってくるのが興味深いところでもあり大変なところなのかもしれません。

本連載の今後の予定:「CGへの扉」では、単なるAIの話題とは少し異なり、CG/VFX, アートの文脈から話題を切り取り紹介していきます。映像制作の現場におけるAI活用や、AIで価値が高まった先進的なツール、これからの可能性を感じさせるような話題、テクノロジーの話題にご期待ください。何か取り上げて欲しいテーマやご希望などがございましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

Contributor:安藤幸央