• 20/07/2022
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スタジオカラーが挑戦する、「描く仕事」のリモートワーク - コネクテッド・インク2021

コロナ禍を乗り越えて完成した『シン・エヴァ』。現在スタジオカラーが取り組んでいる、アニメーターのリモートワークのための取り組みが公開された

そこで「今後も新しいことに挑戦したい」と語っていたカラー 執行役員 技術管理統括の鈴木慎之介氏。実は現在、アニメーターのリモートワークの実現に挑戦中だという。ワコムの年次イベント「コネクテッド・インク2021」(11月16日~17日開催)でのトークセッション「スタジオカラーによる新しいリモートクリエイティブ」の中で、その具体的な内容を明かした。

「描く」職種のリモートワーク実現に挑戦

講演は2部構成で、冒頭は鈴木氏がひとりで登壇。『シン・エヴァ』の制作を経て、カラー内にリモートワークの素地ができたことを改めて紹介した。

アニメーターのような「描く」仕事は、一般的なマウス・キーボードではなく、ペンタブレットによる描画をともなうことなどから、リモート環境で行うのが難しい。どのくらい困難かというと、「『紙と鉛筆』から『デジタル作画』にするのが大変だったのと同じくらい」(鈴木氏)だという。

そこで、「描く」クリエイターのリモートワークを実現するため、ワコムなど複数の企業と協力し、作業環境の構築とその検証を行っている。

NTTドコモの協力のもと、最新の通信網である5Gで接続。会社のPCを社外へ持ち出すのではなく、リモートデスクトップシステムの「Splashtop(スプラッシュトップ)」を使って、各クリエイターの自宅のPCから、社内PCに接続する方式を採用した。

クリエイターは普段の業務と同様、ワコムの液晶ペンタブレット(以下、液タブ)に絵を描く。この環境で作業するにあたって、画面転送時の遅延(レイテンシ)を極力なくし、快適な描画環境を構築するために実証実験を進めている段階だ。

「画面転送時の遅延をなくす」と言うのは簡単だが、実現は難しい。上記の方法だと、液タブに描いた線の情報が社内PCに飛ばされ、それが手元のPCへと帰ってくるまでにタイムラグが生じる。そうなると、クリエイターの視点では「今描いたはずの線が画面にすぐ出てこない」ことになり、仕事をするうえで大きなストレスになってしまう。

そこで、まずは広帯域・大容量で低遅延な5G通信に着目し、導入を検討。鈴木氏は、NTTドコモの協力で5G通信を体感し、「家にアンテナを立てたい」くらい早かったと絶賛した。

通信速度が出ていれば、遅延はかなり削減できる。ただし、現在5G通信が使えるエリアは都内の一部地域に限られる。全国各地のクリエイターの自宅で、しかもフルスペックの速度を出すにはまだ時間が必要となるだろうし、トラブルによる遅延発生の備えも行いたいところだ。

そこで、ワコムならではのアプローチとして、「Project Instant Ink(プロジェクト インスタント インク)」という技術を目下開発中。イベントブースでは実証実験中の5Gを使ったリモート環境の展示のとなりで、コンセプト展示が行われていた。

ワコムの手法では、リモートデスクトップの遅延そのものにはタッチしない。遅延する「本物の線」とは別に、ローカルで読み取った描画情報を液タブに表示することで、ユーザーが遅延を体感せずに作業を続行できるしくみとなっている。

ブース展示では技術の紹介を行うため、「ローカルの描画情報」を赤で表示し、「遠隔地のPCから戻ってきた描画情報」と区別していた。そのため、自分が書いた赤い線を、後から黒い線がなぞってくる不思議な体感となっていた。実用面で線の色を分ける必要はないので、実用化されればよほど極端な遅延でもない限り、ユーザーが遅延を意識せずに描画できそうだと感じた。

スタジオカラーが挑戦する、「描く仕事」のリモートワーク - コネクテッド・インク2021

『シン・エヴァ』が直面した“緊急事態”を振り返る

講演の第二部ではパネルディスカッションを実施。スタジオカラーからは、鈴木氏に加えCGアニメ監督・デザイナーの小林浩康氏が登壇。ワコムからは井出信孝 代表取締役社長と、「Project Instant Ink」の技術開発を手がけるEMRモジュール/ファームウェア シニアマネージャーの加藤龍憲氏とクラウドETコアプロジェクトリーダーの淺田一氏が参加した。

パネルディスカッションは井出社長が進行。「コロナ禍での『シン・エヴァ』制作を振り返ると?」との問いに、鈴木氏は「会社に来るとパンデミックの恐れがあるので、まずは出社比率を減らすという共通認識があり、その部分でのハレーションはなかったですね」と、当時を振り返った。

一方、小林氏は、制作が佳境を迎える中、コロナ対策でリモートワークを余儀なくされたことに、「正直、困りましたよね」と率直に吐露。リモートワークが技術的には可能だとは知りつつも、各スタッフが使う道具をどうそろえるかが問題になったと語った。

それに関連して鈴木氏は、リモートワークの体制を整える中で、「一部の若いスタッフがPCを持っていなかったんです。会社で用意して貸したんですが、そこで時代の流れを感じました」と、若年層のPC保有率の低下がうかがえるエピソードに触れた。

次に、井出社長が「リモートワークの壁」があったか問うと、鈴木氏は「早急にリモートワークが求められたため、皆が使いやすいツールやインフラの選定・準備に充分な時間をかけられなかったですね。その状況下で、小林とも相談して、いろいろな業界の方とお話する中でSplashtopを採用させていただきました」と答えた。

鈴木氏が「システム面で大きな問題はなかったですが、クリエイティブは大変だったかと思います」とコメントしたところ、小林氏は「鈴木と相談してマシンやソフトウェアの用意に関して早く動けたので、比較的早く、庵野総監督も含めてリモート体制に入っていけました。あのとき(2020年春)、業界でも瞬間的に『どうなる、どうする』みたいな情報が各社で錯綜していたのですが、『うちはこうする』というのが速かったかなと思います」と、混乱期でありながら早期に体制を整えられたと語った。

井出社長はそうしたエピソードに「かっこいい!」と興奮。その時期に、ワコムは『シン・エヴァ』制作のため、スタジオカラーにペンタブレットの貸し出しで協力したことなどから、エンドロールにワコムの企業ロゴが掲載されていることに触れ、「ワコムのスタッフは(シン・エヴァを見たとき)みんなあのロゴを待っているんですよ」と笑顔をみせた。

また、井出社長が、NHKが『シン・エヴァ』制作に密着したドキュメンタリー番組に言及すると、小林氏は「後半は録れていないところが多いんですよね。もっといろんなことがあったんだけどな」と、リモートワーク体制の構築をはじめ、カメラに収められていない現場の奮闘があったことをうかがわせた。

人の感覚をだまして遅延を解消する「Project Instant Ink」

話題はワコムが開発中の「Project Instant Ink」に及び、開発を手がけるワコムの加藤氏は、「ネットワークを通さずにいかに人をだますか、感覚を気持ちよくさせるかを達成するための技術」と形容した。

小林氏は、「すごいですよね、体感が本当に違う」とポジティブな反応で、本当にリモート環境なのかと確認したほどだったとか。小林氏の業務はディレクションが中心のため、「“ガチで描く仕事”の多い、作画監督の人たちに試してもらって反応を聞きたい、それくらいのクオリティです」と太鼓判を押していた。

ワコムの淺田氏は「(チェックの)赤入れのときに書く文字の遅延も気になりやすいと思うので、そうした場面でも試してほしいです」とコメント。

それに対して、小林氏は「(Project Instant Inkで)ディレクターのストレスはだいぶ減ると思います。遠距離、それこそアメリカの作品でも日本から指示できそうです」と反応し、キーボードで文字を打つよりもナチュラルで、もともとアニメーターからキャリアを積んできた人の多いディレクター職にもなじむ手書き入力技術があれば、制作がより効率化されそうだとコメントした。

締めくくりに今後のロードマップを問われた鈴木氏。今取り組んでいるドローイング(描画)をともなう仕事のリモート化が最もハードルが高いとしつつ、大きなデータを扱う3DCGのレンダリングなども、インフラ的なアプローチの考え方を変えて素早く出力できるようなアイデアを「妄想中」と明かした。

日本では収束傾向にあるコロナ禍だが、世界的にみれば依然として猛威を振るっており、いつまた「集まれない状況」になるか予断を許さない状況だ。そうでなくても、一部のスタジオを除き東京一極集中になりがちな働き方も、アニメ業界の抱える問題のひとつといえる。

スタジオカラーが各社を巻き込んで行う「DX」が、アニメ業界のみならず、クリエイターの働き方の常識をも変えていくことを期待したい。