スティーヴン・ソダーバーグ監督の新作『KIMI』は、新たに誕生した“不可解な映画”なのか?
「スティーヴン・ソダーバーグは、ときに非常に不可解な映画をつくることがある」──。映画評論家のロジャー・イーバートは2002年、ソダーバーグ監督の映画『フル・フロンタル』をこのように評した。悲しいかなイーバートは亡くなっているので、最新の「不可解なソダーバーグ映画」が公開されたことを代わりにここに宣言したい。
とはいえ、これはうれしい知らせであり、決してショックを受ける話ではない。いくら投げやりな気分のときでも、才能豊かで変わり者のソダーバーグが監督すれば、退屈な映画にはならないということがわかるからだ。
米国では配信サーヴィス「HBO Max」で公開されたソダーバーグの最新作『KIMI』は、わかりづらい作品ではある。だが、一風変わった語り口を選んだことで、軽やかで躍動感のあるスリラーに仕上がっている。
現代版の『裏窓』完成した作品は、ヒッチコック監督の『裏窓』の調子外れなアップデート版ともいえる。『裏窓』では、足を骨折したカメラマン(ジェームズ・スチュワート)が望遠レンズを使って窓から人々の様子を覗き見る。これに対して本作は、トラウマが原因の広場恐怖症に苦しむゾーイ・クラヴィッツが、スマートホームのデヴァイスに記録された音声を聴くというストーリーだ。
裏切りに次ぐ裏切りで真実を煙に巻くソダーバーグ監督の前作『クライム・ゲーム』に比べれば、本作の筋書きは十分に単純である。誰が悪役で誰が主人公なのかは、一目瞭然なのだ。
主人公のアンジェラ・チャイルズ(ゾーイ・クラヴィッツ)は、Amygdalaという名のテック企業に勤務している。AmygdalaはSiriやAlexaに対抗した音声アシスタントを搭載したデヴァイス「KIMI」を売りにしており、上場間近だ。
アンジェラはシアトルの倉庫を改装したこぎれいな部屋にこもり、KIMIに収集された断片的な音声を分析する仕事をして毎日を過ごしている。そしてルーマニアに住む技術サポート担当と、たまに冗談を言い合う。業務時間外はフィットネスバイクをこぎながら丁寧すぎる歯みがきをしたり、母親や精神科医とヴィデオ通話したり、向かいの通りに住むテリー(バイロン・バウアーズ)を誘ってセックスしたりしている。
ある日、アンジェラは仕事で分析すべき音声のなかに、凶悪犯罪の証拠を見つけてしまう。それを会社に報告しようとした彼女は、音声の漏洩を恐れる権力者たちに狙われることになってしまう。
気になるばかりの不自然な点大まかな筋書きは、よくある追いかけっこではある。だが基本的なところだが、細部に不自然さがにじみ出ている。
まず、アンジェラは重度の広場恐怖症で、歯が感染症にかかって痛みに苦しんでいるときでも部屋から出られないほどだ。それなのに、アンジェラの髪はエレクトリックブルーで、前髪は眉上でカットされている。
細かいことを言うと思われるかもしれないが、こんな髪型は手入れがとてつもなく大変だし、自宅で自力で再現することは非常に難しい。「美容室で5時間の予約と定期的なメンテナンスが必要なはず!」と、これほど叫びたくなる髪型もない。